ブログ46回・屋久島の照葉樹林の原生林・青木ヶ原樹海の常緑の針葉樹の原生林

【3月23日追記】
2024年の森ビルでのアート展の『私たちのエコロジー』の年表にて、≪日本の照葉樹林の面積が、国土の0.06パーセントに減少していることが判明≫という一文が、ほかの展示をしのぐぐらい、自分の中で印象に残っていることを思い出しました。
私がガイドとして働いている青木ヶ原樹海は、864年に噴火した溶岩流が流れてきた場所で、その上に再生してきた「原生林」の森だ。富士山は噴火が、1000年、数百年の単位で起こり、また人間による攪乱「野焼き」などがおこなわれ、草原が維持されている場所がある。自然、人の手による伐採、どのような形でも、「攪乱」が起こり場所が開け、日差しが入る。さらに言えば、溶岩は、岩盤だ。この岩盤のうえに、盆栽をイメージしてもらうとわかりやすいが、松などの植物が生えてくる。
盆栽は、黒松などが使われることが多いが、本当に狭いスペースで、豊かな土壌があるように思えない場所に松が生えていて、100年も生きる。なぜ松がそのような過酷な環境に強いかというと「外生菌根菌」という菌と共生しているためだ。「外生」がいるということは、「内生」も存在しており、根っこの中に住む菌も存在し、アーバスキュラー菌根菌や「内生菌根菌」と呼ぶ。外生菌根菌は、植物自体の根っこを延長して菌糸という、延長させた根っこのようにして広がってゆく。

松が、噴火により有機物が完全に消滅した、玄武岩の溶岩台地のような厳しい環境に耐えられるのは、この菌根菌と仲がいいからであり、この菌たちは逆に土壌が豊富になり、多くの菌が存在すると生きてゆくことができなくなる。「マツタケ」の生える赤松林を維持しようとするならば、環境保護の人たちが守ろうとする「表土」をはぐことによってこそ生えてくる(アナ、2022※末尾の参考文献参照)。
マツタケは腐食を嫌うが、そもそもキノコには、木を分解し、土壌を豊かにする役割を、森の中でになている。今生えているヒノキもツガも、不安定なため、倒木になることが多く、倒れている木を多く見かける。そこに生えるツガサルノコシカケは、白色腐朽菌といい、木材の中にある、かたい繊維の「リグニン」という物質をバラバラにして、分解する役割がある。
こういったキノコ、菌類たちの活躍によって、樹木、昆虫、動物が死んだすべてが表土となりが少しずつ増えてゆき、平均すると3~5センチ程度の土壌が、青木ヶ原樹海には1000年間かけて作られてきた。こうして、だんだんと豊かな土壌が森に形成されてゆき、青木ヶ原樹海が、おそらく赤松林から手渡されてきたように、ツガ・ヒノキ林も、次の世代へと森を手渡してゆく。この森の木々の移り変わりを「森林の遷移」という。
青木ヶ原樹海は、森林の遷移でいうと、赤松が優勢樹種になったのちの森として、同じように松ぼっくりを作る常緑の針葉樹、ツガやヒノキが優勢しており、かつその幼木が林床に多い森だ。赤松の幼木は陽樹といって、明るい開けた場所を好むため、湖のそばでは青木ヶ原樹海でも赤松の多い場所があるが、林床には多くは見かけない。

外生菌根菌の菌糸については『マザーツリー』(スザンヌ、2023)で細かく描かれているが、ダグラスファーとカンバの木の相互のやり取りなどが取り上げられている。私の活動するフィールドでも、富士山5合目でカラマツとダケカンバ、ミヤマハンノキなど、外生菌根菌を持つ植生が密集して生えていると、根を通してのやり取りを、歩きながらもイメージしてしまう。
一方で古い原生林に広がる、森林の遷移の後期の木々、「極相林」の菌根菌のネットワークについてもマザーツリーでは、言及される。日本の極相林の代表的なものでいえば、ブナとミズナラ、モミの巨木が存在する。日本の中でも冷涼な地域は「ブナ帯」と呼ばれ、極相を占める樹種にブナ、ミズナラなどのドングリが育つ。伊豆など、茶や椿が育てられ、米どころの温かい地域は「照葉樹林帯」と呼ばれ、一年中青々とした木々スダジイやアラカシ、アカガシ、ウラジロガシなどの木々が育つ。スダジイ、ブナこれらの木々は、遷移の後期、極相林であるが、外生菌根菌を持ち菌糸のネットワークをもち、森中に菌糸のマットを張り巡らせるような構造を形成する。

富士山でガイドをしていると、「屋久島に行くか、白神山地に行くか、樹海に行くか迷っていました。」という、本当に原生林が好きで来てくれる人がときどきいる。対比されるポイントはいくつかあるが、屋久島は照葉樹林、白神山地はブナ帯、そして富士山の樹海は、まだ土壌が掲載される過程の常緑の針葉樹の森、若い原生林だということだ。
屋久島は、一見屋久杉や、コケが有名に見えるが、低地の照葉樹林にも価値がある。屋久島の原生林、極相林の林床は、この菌のネットワークを利用した菌生の冬虫夏草、つまり菌根菌のマットの上に生えてくる菌類やランなどがまだ見つかっていないものや新種が存在し生物多様性の宝庫でもある。
冒頭から、菌類の役割を、外生菌根菌や白色腐朽菌という、植物との共生と分解に着目して語ってきたが、この菌類自体の仕組みや、菌を捕食して利用していきる生物がいる。粘菌と呼ばれる生命は、菌類を食べ、また林床に生えてくるツヅレシロツチダンゴなどの菌類に寄生する、アマミコロモタンポタケなどの冬虫夏草も存在する。
溶岩の上に松が生え、その根にマツタケがあることも、一つの価値かもしれないが、1000年、2000年と経た林床の暗い極相林の森になって初めて、豊かな菌のネットワークが地下に形成されることによって、その森に通い続けてはじめてかろうじて見つけることのできるような、豊かな生物のネットワークが花開くのだ。
里山と私たちの呼ぶ森は、開けていて、カブトムシやバッタ、トンボ、カエルなどのいるような森で、それは、人為的な攪乱を続けてきた努力の結果形成される森だ。一方でこのような原生林を作るには、青木ヶ原樹海の遷移の段階でも1000年という時間が必要であり、屋久島の照葉樹林の森も一度失われてしまったら、取り戻すのに里山や草原よりも、はるかな時間を必要とするだろう。
特に、スダジイやウラジロガシなどの外生菌根菌を持つ屋久島の低地の照葉樹林は、こういった生物多様性の宝庫であり、屋久杉やコケなどが有名な屋久島であるが、その価値により注目して守ろうという提言も直近の2020年に行われている。
青木ヶ原樹海は、平らな土地で玄武岩という溶岩が噴出してできているが、この溶岩は多孔質で降った雨は地面にしみこんでゆく。表土は洞窟や地下に流れることはあるが、コケや木の根っこによって保持されていることも多く「土壌の流出」をそこまで気にすることはない。
一方で屋久島は、切り立った花崗岩の山であり、雨の量もけた違いに多い。何千年も続く原生林であっても表土がながれ、水によって岩がむき出しになるような過酷な環境であり、土壌の流出は決定的な問題となる。また、上記のYouTubeの中で語られた、提言の中でも、鹿が落ち葉を食べることによっても、菌類やランにとって必要な資源が減ってゆくことになる。※鹿が落ち葉を食べることについては、下のリンクの記事を参照
https://esse-sense.com/articles/134

島の産業にとって、照葉樹林か、外生菌根菌を持たない杉林に価値の重みづけをするのか、ヤクシカの保護に重みづけをするのかといった利用と保全のバランスは、国立公園の保護区の範囲を決めることや、ガイドが価値としてお客さんに提示する語られ方の中に反映される。
今、富士山では、映える写真、インスタグラムが現実を改変するように、写真写りのいい場所に人が集まり、また産業と地域もそのような形で構造物を作ったり、そこに課金するような仕組みが整っていったりする。地域の住民の価値形成として、外から来る人に価値を提示するのではなく、外圧として何が価値かを決められ、そこに人が集中し、その対応に公的な資源が割かれることや、人が集まっていることを金銭的な価値にするように、集まる人へのビジネスが生まれ、市場が追従する展開が起きている。
一方で、同時に富士山ではオーバーツーリズムではなく、自然を守る倫理的な取り組みとして、富士下山というツアーも作られ行われている。富士山の自然の価値が山頂だけではなく、山麓にその価値の多くがあるということ、またそれを守ろうということにつなげることを地域のガイドが大切にしていることから生まれたツアーだ(岩崎、2024)下記・富士下山リンク。
https://note.com/fujisannature/n/n932cd2501d78
また、富士山麓の樹海の在り方に価値を見出して、こだわって活動するガイドも、仲間で多い。暗いイメージのある樹海は、実は生命力にあふれた森だということを、洞窟の魅力、菌類について熱弁することを通して、伝えようとするガイドたちは、外圧としての青木ヶ原樹海のネガティブなイメージに従属した商品を売るのではなく、むしろそれを変えることに情熱を燃やす。
どれだけ、今まで続いてきた文化との断絶が大きく、社会でのわかりやすい価値が信じられなくなった時代であっても、自由と民主主義のある世界に住んでいるのであれば、地域の価値は外から決められるものではなく、そこに暮らす人が見出して大切にするものであってほしい。
観光も一つの文化として、そして文化は消費されるものであったとしても、知床の世界遺産としての生物多様性もそうだが、富士山の噴火と土壌や生態系という、複雑な生態系の相互関係や互恵的な関係性、また屋久島の原生の低地照葉樹林の中の脆弱な菌糸のネットワークと、そこにしか生きていけないランや菌生の冬虫夏草のように、目に見えない価値の声を聴き、伝える地域のあり方も存在すると思う。
私たちが自然を見るときに、自然をどのようにとらえているのかという、自然の本質のとらえ方は、個人の価値観を超えて、社会や地域が何を価値とするのかという教育に繋がり、教育は行政の施策などの社会制度に繋がり、また帰ってきて、暮らしている住人や、地域に受け入れられる訪れる人の行動にも影響する。
最後に長年、屋久島の照葉樹林をまなざし、多くの冬虫夏草や、腐生植物の写真を撮り、ヤクヒナホシという新種のランを発見するに至った、写真家の山下さんの言葉を引用させていただく。
『森は思慮深く、その生はとても深い。死とは何か、どのように生きていけばいいのか、問えば答えてくれる存在として森はあると思える。自ら養分をつくり、根を介して菌類と栄養を交換し合う。そのような森の木を通して一つの命の流れを想像するだけでも、照葉樹の森の豊かな生き方が胸に落ちてくる。一本の木を切るとき、そこに繋がるたくさんの生き物をも切り捨てているのだと意識しないわけにはいかなくなった。』(山下、2011)
参考文献
『マザーツリー』スザンヌ・シマード、三木直子訳、ダイヤモンド社、2023
『月の森-屋久島の光について―』山下大明、野草社、2011
『マツタケ―不確実な時代を生きる術―』アナ・チン、赤嶺淳訳、みすず書房、2019
『キノコとカビの生態学―枯れ木の中は戦国時代―』深澤遊、共立出版、2017
『富士下山ガイド』岩崎仁、静岡新聞社 、2024