【エネルギー価格が上がる時代の暮らしのデザイン】
今年も、パーマカルチャーのワークショップが3本とも終了しました。講座を運営するうえで、一番大事にしていることは2022年から変わっておらず「ちゃんと約に立つものとして、使えるものとして目の前の現実を変えてくれること」であると伝え続けています。
さて、私たちのいまの目の前の現実は、石油価格が上がってきて物価は上がるも景気が悪いスタグフレーション目前です。すぐに野菜を作る農地を借りて、太陽光パネルを買いたくなるかもしれません。ですが、それは本当に目の前の現実をちゃんと変えてくれるのかを、石油価格が上がる時代に一緒に考えてみたいと思います。
結論から言うと、太陽光パネルは期待するほど、面積当たりの電力を自給してくれません。身近な友人で、太陽光パネルのエネルギーのみで運営している循環ワークスは、そもそも電力がかからないものすごく質素な運営形態です。
冬、夏のエアコンはなく、薪ストーブで暖をとります。そもそも、ここは雪国ではなく冬ものすごく温かい静岡であることが前提条件にあります。
熱すぎる夏は、もはやお店を閉めるという対応をしています。もちろん、大きな冷蔵庫や全自動乾燥までしてくれる洗濯機など暮らしを便利にしてくれる大量の電力を使うものはありません。
そして、太陽光パネルがあったとしても曇っていて電力が足りなくなる日もあります。そしてその時は、てんぷら油のディーゼルの発電機で発電しています。もちろんそのメカニックや油の調達は自前で、バックアップのシステムを構築しているのです。
この複合したシステムすべてと、それを回す人間の習慣がかみ合ってこそ初めて駆動できるのが太陽光パネルで電力を自給するシステムです。
ここまでシステムを細かく描写してきたのは「どういった条件を整えてあげれば、実際に太陽光パネルが目の前の現実を変えているのか」ということを可視化するためでした。
食料を自給することも「システムとして機能して回るような循環を作ってあげること」が大切となってきます。
ついつい消費社会に暮らしていると、ものを手に入れればそれがすべて解決してくれるような幻想を抱いてしまいますが、順序良く一つ一つを積み上げていって、初めて現実が変わる一歩となるのです。
しかし、実際には食料を自給することは自分自身が料理をする習慣を整えなければなりません。もしかしたら、畑を始める第一歩は、里芋を直売場で買ってきて、調理してみることから始めることかもしれません。まずは育て方や育てる仕組みよりも「食料を自給することが自分のクオリティオブライフに貢献するように暮らしを整えること」であると言えます。
クオリティオブライフとは何かと考えるうえで、暮らしのデザインの最も大切なことは「自分のニーズが満たされる暮らしになること」だと仮定したいと思います。
人から言われたことや、自分がこれをしなければ正しくない、これがないと不安になってしまうということの前に、自分自身のニーズを満たすことが必要ではないでしょうか。
そこには、もちろん欠乏からの不安による「安心したい」というニーズも含まれるかもしれません。
特に安心したいというニーズを満たすために、物質的な充足だけが必要ではないでしょう。
仕事を通じて他者に貢献できることがあったり、危機の時にも頼れる田舎の親戚との関係がいいことであったり、人に対して親切で寛容でいられる自分であることも暮らしの質をあげてくれます。
また、もし今の仕事が持続可能ではなくなったときに、暮らしを立てる場所があるのかという問いの方が、大事なことかもしれません。それは、肩書を失ったときにも、人に対して何らかの形で必要とされる有形無形の力を発揮できるのかという問いになるのでしょう。
そして私たちの暮らしは「安心」だけよりももっと多くのニーズから暮らしの質は決まってきます。
例えば「創造性」を発揮できることや「心身の健やかさ」があること「共感」を持ったコミュニケーションに日々が満ちていることなど様々なニーズがあります。
不安に目を覆われることなく、そういった一つ一つの小さなニーズに目を向けて目の前の現実を一つ一つ変え始めることが、変化する時代にとって適応する一つの形なのだと思います。
そして、、その一つ一つの実践の先に、もしかしたら食料を自給することや、太陽光パネルでエネルギーを自給することがきっちりとハマるタイミングがくるのかもしれません。そうしたらその時に全力で学べばいいという心づもりでいたらいいのだと思います。
こういった日々の一つ一つに実践の先に、畑や太陽光パネルを導入した暮らしがまっているのであれば、それはきっと楽しくて今までの価値観と違った豊かさが存在する暮らしだと思います。
パーマカルチャーは、それがないと悲惨なことになると脅されるようなものではなくて、楽しくて想像力の扉が開くものだと思っています。
欠乏や不安、正義という動機から自然と共に暮らす生き方を探るのではなく、日々の暮らしの楽しさや豊かさを求めた先にその形になるのがヘルシーで、持続してゆくあり方であると思っています。