パーマカルチャー

コミュニティ‐場所を作り出す

日本のパーマカルチャーの先駆者のひとりの言葉で【「消費者」から「文化の創造者」になろう】というキャッチコピーがあった。私たちの暮らしは、消費者でいることに慣れきってしまっているが、それは案外楽しいことを逃していることかもしれない。

お祭りや、文化、街を作ることが、楽しいのだということは、富士吉田で暮らしていて、手作りのお祭りを見て楽しかったなという原体験が自分にあるからだ。自分が生まれた場所は、文化的な基盤の薄い地域で育ったため、町内会でなんとなく行われていたお祭りや、毎月開かれる朝市のイメージが強かった、それこそ消費者として参加していたお祭りのイメージを、ちょっと飲み会をしようということから話が広がり、リノベーションした場所の完成祝いのお祭りを自分たちで作り出していることが、すごく素敵な経験であった。

オーストラリアで、パーマカルチャーデザインコースを受けた時も、エンターテイメントはスマホからくるのではなくて、人間がそこにいたら、エンターテイメントなのだといって、一人一芸を披露するタレントショーをおこなった。人間本気になれば、チームを組み、寸劇や本の朗読をすることや、なんでもやってやろうという気になるものだ。

富士吉田でみんながDIYでお祭りを作っていたこと、オーストラリアでやった寸劇が案外受け、またそのパーマカルチャーの学びのコミュニティでほんとに何にもなくても楽しく過ごしたことから、消費者でい続けるのではなく、案外簡単に文化って作れるのだというのが自分の原体験としてある。

 自分自身が感じたこと、原体験から感じた感情は確かさがあるという風に定義したが、その感覚は、思っている以上に重要だと思う。今を自分自身も生きているので、伝えるのが難しいが、圧倒的なリアリティをもっていたのは、少し前の時代まで、天動説であり、信じたものは救われるという宗教の救済のリアリティであり、国家のために私たちは生きている、それが転じて、いい人生はこういうものだという物語であった。

 そういう信じられる、確かな物語が、例えば結婚や就職など個人的な問題に対しても徹底的になくなってゆく時代に、生き方もどんどん多様になってゆき、それがただ多様になるだけではなく、成功している人や、逆に世界の反対側の惨状が伝えられる現代において、それの完璧や必ずしもきれいなものではないとわかったうえで、長短も自分の中から出てきたもの、そういった場所を作り出すことが自分にはできるのだという確信は、得難いものであると思う。

 案外、消費者でいることよりも、責任をもつこと時にリスクをとって場所を作り出すことは、怖がることではなく、むしろ楽しいことであるし、どれだけ失敗したとしても価値のあることであると、まず個人として言いたい。消費者で居続けるということは、それらは本来、自分たちが担うはずであった、倫理的な問いや責任から離れてしまうことでもあり、責任や倫理的な問いを応えないことは、結果として自分が本当に大切にしたいと思っていたことを守れないことにもつながる。

飲み会の話題から始まっていったようなDIYの取り組みが、最初は小さな木であったとしても、気が付いたら多くの人や鳥が集うような木に成長することもある。だんだんと大きなうねりになってゆくのを、ポジティブなフィードバックとなって、街づくりや地域づくりで大きな渦になっているのを、一つの地域を8年間、間近でみていて感じた。

自分たちで、自分たちの確かな場所の作り出すことができるという感覚から、その木に集うコミュニティへと、コミュニティから、地域社会で普通に暮らしている人へと広がってゆくことからこそ、次の時代が開けてゆくのではないかと思う。