パーマカルチャー

自然と人とが共に生きる世界を‐近代のめぐみと呪いを超える人間の想像力を‐

パーマカルチャーのそもそもの始まりは、1970年代にビル・モリソンと、デイビッド・ホルムグレンの2人によって体系化された考え方です。

初期のアイディアとしては、当時発展してゆくさなかであった、西洋ていなシステム思考の考え方、そして東洋的な福岡正伸の自然農法、特に「自然と対立するのではなく、共に働くのだ」というコンセプトに強く影響を受けていました。

当時の文脈としては、まだレイチェルカーソンの「沈黙の春」が出版されて10年というところで、SDGsやグレタさんのスピーチが、2010年代にあった今では、考えられないような大量生産、大量消費の時代でした。今となっては、有機農業や、自然農法など様々な手法を実践している人がいますが、その時代には指針や概念それ自体が理解されなかったと思います。

初期のコンセプトとして、特に自然や人間の暮らしは、例えば鶏でいえば卵を産むこと、一つの要素をかなえるもので、いかに大量生産できるのか、いかに効率のいいシステムが作れるのかと議論されていたような時代です。彼らの視点は、その最中にどうやったら「鶏と共に働けるのか」ということを、真剣に考えているようなまなざしでした。日本でも古くから、合鴨農法というような、米を育てるうえで米だけではなく、鴨を飼うことや、米だけではなく、畦大豆というような米と大豆を同じ空間で共に育てるということが行われてきましたが、菜園のシステムそれだけではなく、そこに鶏も共に育て、人間と自然とが自然と共に働くのだという世界観です。

特に、それがはっきりと伝わる言葉として残っているのは、「問題こそが解決である」というproblem is solutionという言葉です。ナメクジや害虫が発生するのは、その虫たちが問題であるのではなく、農園にその虫を食べる鶏がいないことが問題なのだという視点の転換です。今まで、農業の現場での人間の行動は、目に見える因果関係をどう取り除くかということに注目しがちでしたが、パーマカルチャーは、その「システム」に着目しようというものでした。

私たちは、普段の暮らしにおいて、いろいろな「システム」の影響を受けて暮らしています大きな支配的なシステムとしては、降雨量のシステムが挙げられるでしょう。オーストラリアでは、降雨量のシステムから派生して、山火事が多くあります。そのため、必ず火事が来るとしたら、どちらからくるのかということや、集水のシステムを考えることの優先順位が非常に高い。日本では、一方で降雨量が多く、どちらかというと火事や旱魃に悩まされることよりも、雨量の増加による土砂崩れや雪、火山、霜などの自然現象の影響が強いわけです。

システム思考を扱う学問として、進化生態系など、森の生態系などの生物群群衆を扱って、その因果関係や傾向を突き止めようという学問ですが、その要素として扱う領域は、地球状のシステム、気象や大地、森や個別の生物などあまりにも要素が幅広く、すべてを理解することが困難なものが対象です。福岡正伸の思想としては、不可知論、人間はすべてを知ることができないという無の思想という立場から自然農法の思想と哲学を発展させました。

自然界の森の生態系もそれなりのルールとシステムがあります。一度人間が切り開いて畑にしてしまったところも、多くの耕作放棄地がそうであるように、だんだんとイネ科の植物や、つるなどがはびこる草原になってきて、クサギなどのパイオニア植物が進出し、赤松などの木々が生え、針葉樹が育ち、だんだんと広葉樹の森に置き換わってゆき、極相林を形成するという形で自然界の中でも生産性が増してゆくプロセスを経てゆきます。

そこには植物だけではなく、動物も多く生息し、森自体が風の影響や、高温、乾燥、土壌の形成などを自律的に行われており、このような森の生態系を再現しその多様性の力を使う形で持続可能な暮らしを構築しようという試みです。パーマカルチャーは当初パーマネントアグリカルチャーという形で、持続可能な農業をめざしていましたが、農法としてのシステムに着目するだけではなく、私たち人間の暮らしもデザインを行う上で要素として扱うというところから、その幅がより広がります。

このような森を作るうえで、デザインを考えるときに、まずそこに人間の住居を中心に考え、私たちの暮らしに必要な水、食べ物、貯水池や、排水を浄化する池、防風林や防火林、果樹園、野生動物との境界の里山や原生の植生を回復する場所などの配置を決めてゆきます。そして、人間もこの生態系の循環の中の一つの要素として、人間が暮らすことによって自然を破壊するのではなく、人間が暮らすことによって、自然環境がより豊かになるような画期的なデザインの思想であったのです。

ここで、パーマカルチャーの人間の行動やデザイン原則が、いかなるスケールでも適応できる考え方であり、教育や健康、建築、文化、などに対しても力を持つ、永続可能性な文化を作る活動なのだと変化してゆきます。今のわたしたちの暮らしは、生存に直結して食べ物を作ること、自然界の力を利用して暮らしを成り立たせることの重要性やシビアさが低い一方で、逆に生きることに対して目的や意味を見出すことが、難しい時代になっています。

わたしたちの暮らしを取り巻く環境は、昔の生活様式から大きく変化してきました。つい先日、1940年までの世界では、飢餓がおこることが多く、多くの人が農民でした。暮らしの場は、自然と近い場所であり、日本であれば、米と田んぼを中心として、奥山、里山からなるランドスケープでした。原生の自然は、中世にすでになくなっており、人口を養うために集中的な農業生産システムと、里山からの燃料の自給も行われていました。

現在では、都市に多くの人が暮らし、現金収入を得て暮らしている生活様式で、そこでは、核家族の都市住民も増えてきました。食事の形態は多様化し、外食や個食、また調理しなくても食事ができること、時短など時間が短くなることが美徳とされるような価値観も広まってきたのが現代の社会です。

自然は、自然体験や、レジャーとして、また趣味の園芸や菜園として自然と人との関わりは、形態を変えてゆきます。自然の中のものを活かしてそれを主食とするライフスタイルは、成り立ちにくくなったのです。そのことによって、里山の自然は変わってゆき、投資として植えられたスギやヒノキ林、赤松林や、薪炭林の存在価値は少なくなってきて、シュロや、ススキなどの植物も、茅葺屋根やほうきなどの利用がされることは減ってきました。筍や、竹を使うこと、その重要性も少なくなってきています。

オーストラリアでは、アボリジニが生態系の生産性を高めるために利用して火入れをしていた土地が、小麦や飼料の生産に使われ、牛、羊、馬とだんだんと土地が劣化して、最後には表土を使い捨てにするような形での持続可能ではない土地利用が始まります。そして、土壌が再生することが困難となり、砂漠化したこと、また住宅地や、生産の拠点も、火の管理ができないため、火事になって大きな被害を受けるようになりました。

一方で、日本の私たちと共に生きてきた自然は、間伐されることなく育っていったスギやヒノキ、また竹林などが、地すべりをおこすことや、日本では季候のシステムが多雨であり、気候変動の影響で、強い台風にさらされるようになりました。その結果として、山の表土が流失し、河川が氾濫するような影響を受けるようになったのです。

しかし、必ずしも、昔の暮らしのシステムに戻ること、アジアアフリカ諸国の自給農の生活様式に立ち返ることは、人口が変動していること、生活様式が変化していることから、正しいこととは限らないと思います。それは、近代化以前に戻ることにおいてもそうで、乳幼児の死亡率や労働力として使われていた子供たちが、教育を受けられるようになったこと、医療システム、衛星状態がよくなったことからも、利点が多くあげられるのだと思います。

日本の農村では、食糧生産や、建築など、人手がいるようなイベントごとの際に、昔から人が集まっての共同作業が行われていましたし、宗教のような形で一同が介して、冠婚葬祭などの感情や物語を共有するときがありました。ハレとケ、聖と俗が明確に分かれていたのです。現代は、集落での共同作業や地縁やしがらみがなくなった一方で、日常に対する意味づけをする力も弱くなっていった現実があるのだと思います。その生活様式の中に倫理的な規定や、生命の意味づけがされることが含まれていました。

そういった地縁での暮らしから自由になっていった一方で、資本主義の世界では、ものにすべて価格が付くこと、またその中での権威主義的なものが指標となるような世界であります。明確な階級による差別は減少しつつも、物質的な豊かさ、消費することの豊かさが豊かさの尺度となり、貨幣での力によって図られるものが基準となって力を持ちます。その中では、かつて集落など大きい単位では気にされていた共有地などが、自分自身以外の責任を免除された世界が立ち現れてきたのだと思います。

そこには、2つの疎外と自由があります。自然環境から疎外されることによって、その交感や感受性、草木、虫、動物の観察の機会と知識を失うことによって、自給作物を作る労働からの解放と屋内での衛生的で猛暑や寒波にさらされることのない労働空間を手にいれたこと。地域の村の相互扶助や共同体感覚、帰郷できる居場所や集団の中の一人としての意味やケアを失うことによって、村の責任と仕事、相互監視の世界や、村内の階級からの解放、ケア労働の外部化があります。

これらの疎外と自由に対して、どちらかしかない世界を強要するのではなく、それぞれの豊さを選択できる機会として捉えなおすこともできるでしょう。ただ、現在の困難は、その目的を誰も与えてくれる、よるべき大きな物語を学ぶ機会を失っていることでもあります。現在は、世俗化した多神教の時代であり、どのようなものに価値を置き、何を作るのかというデザインが下手な時代です。

パーマカルチャーは、生態学的な側面でのシステム思考があるだけではなく、デザイン思考をも用いているのには、この新しい価値を見つけ、小さく作ってみるというところが得意なのが大きな革新でもあります。自分自身がどのような豊かさを求めているのか、地域社会や社会の中で、どのような役割を担う人間になりたいのかということは、単に畑をしたい、農的な暮らしをしたいということから、一歩踏み込んで、自分の人生が豊かになるものでもあります。

また、デザインをしようというまなざしでは、今まで消費者として暮らしてきた考え方、壊れたら買えばいい、何か満足のいかないサービスがあったら、文句を言えばいいという態度から少し変わるのではないでしょうか。自分自身がこのものやシステムを作るとしたら、どんなことを考えるのか、またこの場所に住むとしたら、何が気になるのだろうかという、日常の見方が少し変わってくるはずです。パーマカルチャーを学ぶ上では、間違っていることに反対する、消費主義から離れた生活をする、ポジティブなアクションをデザインしてみるなど、倫理的なことを学んだ一人として、世の中の責任を引き受ける自由もあるのです。

環境保護が盛んに叫ばれていた時代の問題は、過ぎ去っていったように思います。今の時代に、コウモリなどの動物を快楽のためだけに殺すことや、車で自然の中に入っていくこと、木を引き倒すような遊び、人間のエゴや遊びで環境を破壊することそれ自体が娯楽だという風潮は、さすがに姿を消してきたように思います。

一方で、利益を求め、消費ができる社会を維持するためのグローバルな、中心から外部化された森林の伐採や、資源の収奪は、構造として引き続き強固に存在しています。

また、人間のエゴの環境破壊、グローバルな消費社会の構造と別に、日本というランドスケープで暮らしてゆくのあれば、これらの問題と違った形で、近代の呪い戦前からの蓄積されてきた山林の利用のビジョンがないこと、日本オオカミを絶滅させ、また巻き狩りや農山村の文化が廃れてゆく選択をしたこと、明治から続く、近代の教育システムなどの、問題に触れる誰もが何とかしたいと思いつつ、その蓋を開けるのが大変な問題が残されています。これらの問題が、例えば娯楽として山林を車で走るような、人間のエゴが起点の問題であれば、それこそ人々の意識が変われば、改善できる問題であり、そのアプローチとして、啓発活動などをして、自然を大切にしようという意識が変わることが、レバレッジポイントとなると思います。

しかし、現在語られる例えば教育の問題、放置された人工林の問題は、近代の日本の国家、また戦後の森林政策など、世代を超えて強固に存在し続けてきた、業の深い問題が、地域性と絡みあいながら、歴史を経てきたものです。日本の地域に入って、山を含めたパーマカルチャーデザインをする、また地域性の力を使いながら、教育の問題に切り込むということが取り上げられるようになってきて、そこにパーマカルチャーのコンセプトを学んだ人が関わることが多くなったように地方を回っていても感じます。

デカルトの還元主義的世界観を起点とする、近代の発想のデザインでは、表出し始めた業の深い問題通用しなくなった時代、3、4世代引き継がれた、日本の近代の呪いと恵みを直視しつつ、ラグナロクのような気候変動と近代世界システムの覇権の奪い合いが迫る中で、それを乗り越えてゆく人間の想像力の可能性を、それでも信じながら、未来に手渡せる世界を作っていけるのかが、我々の時代のVUCAのC-complexity-の課題感であると思います。

僕も、この時代を生きる一人の人間ではありますが、やはり、どれだけ時代が不安定であっても、自分たちで何か意味のある確かなものを作ることができるのだという手ごたえを経験することが重要な気がします。僕は、その経験をオーストラリアで、パーマカルチャーを学ぶ上で、「異なる文化に巻き込まれる」という体験をしました。自分たちの価値観のなかでそもそも生きていない人たちと、時間を共にしながら食事をし、対話をする中で学びを得たことは、ものすごく大きく、その感覚を伝えられるプログラムをつくっていきたいと思います。

読み物・UNITEDの本棚

Descola, Philippe, In the Society of Nature, Cambridge University Press, 1996.

福岡正信『わら一本の革命総括編――粘土団子の旅』、春秋社、2010。

ゴドリエ・M『観念と物』、山内昶訳、法政大学出版会、1986。

ホルムグレン,  デイビット『パーマカルチャー Permaculture――農的暮らしを実現するための12の原理』上下、タナカ, リック訳他、コモンズ2012。/Holmgren, David, Permaculture: Principle & Pathways Beyond Sustainability, Holmgren Design Services, 2002.

Mollison, Bill, Permaculture: A Designer’s Manual, Tagari Publications, 1979.

ポインティング,クライブ、『緑の世界史上』石弘之/京都大学環境史研究会訳、朝日新聞社、1994

ヨナス,ハンス『生命の哲学――有機体と自由』、細見和之・吉本陵訳、法政大学出版局2008。

ウィルソン,O,エドワード『生命の未来』、山下篤子訳、角川書店、2003。

渡辺京二『近代の呪い』平凡社、2015。

I.ウオーラ―ステイン『近代世界システム』、川北稔訳、名古屋大学出版会、2013。

松村嘉浩『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?――日本人が知らない本当の世界経済の授業』、ダイヤモンド社、2016。

リンク

緑の世界史

『世界はシステムで動く』

『苦海浄土』

『兎の眼』

Bill Mollison “PEMACULTURE- a designer’s manual”

David Holmgren “PERMACULTURE- Plinciples and the pathway beyond Sustainability-“

David Holmgren “Retro Suburbia”

Rose Marry Morrow “Earth Users Guide to Permaculture” 

Hannah Moloney “The Good Life- How To Grow A Better World-“

Costa Georgiadis “COSTA’S WORLD”