パーマカルチャー

パーマカルチャーデザインレビュー2.価値について考える糸口

前回のレビューの中でも「価値の最大化」ということが、思い込みとして前提で入っていたと友人が語っていました。なぜ価値について考えるのかというと、それが自由なデザインやアイデアを邪魔してしまうことがあるからです。

特にパーマカルチャーの講座に来た人は、無条件でパーマカルチャー的なもの、例えばコンポストや畑をすることが、良いことだと思ってしまうことがあります。そこまでであればいいのですが、例えばそれを自分がそれをすべきである。もしくは、良いことだからどのような状況や文脈でも取り入れるべきことである。このように思ったときから難しさが始まります。つまりいわゆる「正しいこと」と思ってしまう思い込みが難しさを生みます。

そこから距離をとることは、実は良いアイデアやデザインが出てくるための「自由さ」を確保する重要なプロセスだと思っています。

当たり前の話ですが、生活も仕事も器用にいろいろなことができる人と、時間が守れないことをはじめとして、うまく器用にできない人がいます。いわゆる作物の生産者、百姓的なライフスタイルが相容れない例をだすと、例えば部屋にこもって何か一つの事をすることが得意な人には向いていないでしょう。

これが、難しい点は、正義を人に押し付けるのではなく、自分自身に押し付けているという点です。それは、見えないものだからこそ、難しいのです。「農的暮らしが正しい」と思うことはいいかもしれませんが、正しさが何らかの自分の小さなニーズを押し殺していないかを注視することはとても大切です。

「誰にとってもよいことだから」と自分に語る語り口には注意しなければなりません。そして「わたしにとって本当に価値があること」を考えるためには、正しさよりも自分自身の感情やニーズというものにつながり続けることが、その糸口にたどり着きやすいものであると感じます。

そして、本当に自分のニーズにたどり着くと、最初思ってもみなかった結論にたどり着きます。そしてそれは一見パーマカルチャー的なものではなくなっていてもそれを肯定できるでしょう。

都市生活している人にとっては「どうしたら忙しい日々の中で自分が健康なありかたができるのか」といったことの方が、より価値のある問いかもしれません。つまり価値について考える糸口は、「自分自身にとって価値の高い問いとは何か?」ということを、問うところから始まるのではないでしょうか。

それは、また唯一の問いであるとは思いません。健康が達成されたら、「どのように周囲の人と活かしあう形で想像力を発揮できるのか」という問いが人生において価値を持ってくるのかもしれませんし、それらに自分なりの答えを得て初めて「自然環境と自分の暮らしがどのように健やかなありかたができるのか」という問いに変化するかもしれません。

私たちは、自分の人生において自分自身が価値を見出し、取り組みたいと思う問いに好きな時に取り組むことのできる自由があるのだと思います。その自由に気が付くためにも、糸口として「自分自身にとって価値の高い問いとは何か?」ということを問うところから始まるのではないでしょうか。

UNITEDでは、そういった価値の再編集のファシリテーションを個人宅から地域での大きなスケールで扱っています。興味を持っていただいた方は、ぜひご連絡ください。

また、2026年3月3日から6日にかけて、那須塩原アジア学院でワークショップを開催します。

ぜひ多くの方のご参加をお待ちしています。2026年2月15日。